海軍タルト零戦特攻隊員向けに作っていた片手で食べられるお菓子を鹿屋の富久屋が再現

海軍タルト零戦特攻隊員向けに作っていた片手で食べられるお菓子を鹿屋の富久屋が再現! 調べてみた

9月2日。多くの日本人にはあまり馴染みがないかもしれないが、実は重要な日である。

世界的には終戦記念日は9月2日

日本では終戦日といえば8月15日という認識が大多数であろう。しかし世界的には9月2日を終戦日のようだ。アメリカ、イギリス、フランス、カナダ、ロシアでは、
9月2日を対日勝戦記念日(Victory over Japan Day)である。

この日は東京湾上のアメリカ戦艦ミズーリにおいて、日本側を代表して重光葵外相、梅津美治郎参謀総長、連合国を代表して連合国最高司令官のマッカーサー元帥が署名した。


NHKのドキュメンタリーで目にした記憶があるのだが、重光葵外相曰く「刺すような視線だった」とのこと。
びっしり米国の水兵さんたちが艦上で調印式を凝視している写真を見たことがある。
あれだけの人数で見つめられたら、刺すようにも感じることも言い得て妙である。

そういえば、マッカーサーがどれだけ影響力があったかを垣間見た経験がある。

私の亡くなった祖母は、人の2、3倍の働き者でしたが、青春時代が戦乱期なだけにでしょうか、学(がく)がありませんでした。字もほとんど読めませんでした。
そんなネットどころかTVの電波の通りも怪しい、情報が伝わりづらい片田舎のばーさまが、マッカーサーのことを敬称をつけて「マッカーサー元帥」と言うくらいなので、当時相当な影響力であったのだろう。

「海軍タルト」鹿児島は鹿屋のお菓子屋「富久屋」が再現

そんな終戦日にちなんで「海軍タルト」を紹介する。

鹿屋の菓子店「富久屋ふくや」の商品である。

鹿児島の零式艦上爆撃機(零戦)で特攻攻撃といえば「知覧」だけではない。鹿屋もだ。知覧は陸軍、鹿屋は海軍であった。

鹿屋といえば映画の「永遠のゼロ」の舞台。またサンシャイン池崎さんの出身地だ。
※ちなみにサンシャイン池崎さんは私の母校の1つ上の先輩らしい

富久屋は1860年頃に創業した老舗で、
海軍から支給された砂糖などを原料に菓子を作って基地に納めており、「海軍御用達 若松菓子店」の看板を掲げていたようだ。
「海軍タルト」は貴重だった砂糖を使い、出撃前の隊員に渡されていたと伝えられている。

毎年、追悼行事を営む女将(おかみ)の北村馨さんは、「国や家族を思って亡くなった若者たちを思い出し、平和の尊さを考えるきっかけになれば」と話している。

店に遊びに来る隊員も多く、幼かった北村さんを妹のようにかわいがってくれた。親しい隊員の出撃日には、屋根の上から空を見上げた。別れを告げるように低空飛行で旋回し、白いマフラーをなびかせる姿を今も覚えているという。

昨秋に親族が集まった際、隊員が機内で食べるための菓子を店で作っていたことを初めて聞いた。 基地で働いていた11歳年上の姉も、出撃前の隊員たちが菓子をポケットに入れていた様子を思い出した。 こうした話を聞き、「彼らが最後に口にした菓子を遺族にも味わってほしい」と考えた。

慰霊祭があったらしく、鹿児島の地方局の昨日の夕方のニュースの特集では、

「惨めな思いで飛び立ったのではないということを伝えたい」

とおっしゃっていたのが印象的だ。

実体験者のみぞしるで、正直我々戦後世代は伝え聞いた情報が全てですので、体験者・当事者お言葉は貴重だ。うちの祖母も、また戦争を経験した小学校の時の担任の先生も鹿屋には米国の戦闘機が低空飛行で現れ、機銃掃射をして行ったという話は1つや2つではない。

「海軍タルト」再現、レシピは手探り資料が無い!

「海軍タルト」の再現に際し苦労もあったようだ。そもそもレシピが無く、手探りだったとのこと。

レシピや資料が残っていなかったため、姉や店で働いていた人から味や形などを聞いた。当時、店で用意できた材料からレシピを推測。
今年2月頃から、職人らと試作を重ね、小麦粉と卵、砂糖などを混ぜて焼き上げたスポンジ生地に、小豆あんを挟んだ菓子を完成させた。
空の上でも片手で食べられるようにと、細長く切り、1本ずつパラフィン紙で包んでいた点も再現した。

海軍からの要件として
「操縦しながら、片手で食べられること」が挙げられていたようだ。

「最後の瞬間にひもじい思いをしていなかったようで安心した」

4月上旬、北村さんら有志が16年前から鹿屋市主催の慰霊祭に合わせて営んでいる追悼行事で、参加した遺族に配ったところ、「最後の瞬間にひもじい思いをしていなかったようで安心した」との声を聞いた。

売り物にする予定はなかったが、戦争について多くの人に考えてもらうきっかけになればと、5月から1本180円で販売を始めた。
売り上げの一部は、追悼行事の資金にするという。

引用:2017.6.7読売新聞

今まで「海軍タルト」の存在は認識されていなかったので、ご遺族の「ひもじい思いをしないでよかった」が全てを物語っている。

「海軍タルト」の裏のドラマを知ることにより、今一度、特攻隊員の方に想いを馳せ、今を生きるものとして平和の在り方などを考えるきっかけになった。

鹿屋市主催の慰霊祭の場所:「小塚公園」

その他 鹿屋のお土産

鹿屋は旧日本海軍ゆかりの場所。海軍といえばカレー。零戦の勇姿がパッケージになった海軍カレーが鹿屋のお土産として販売されている。味も良い。

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