東京桜名所青山霊園について。歴史・眠っている有名人・忠犬ハチ公の碑

青山霊園の桜とビル 調べてみた

都内も桜満開!目黒川のそばに住んでいるのでこの時期になると通勤の東京メトロ目黒線からでも水面に散った花びらが浮かぶ様子が見られて春を感じる。水面には散った花びらが浮かび、みやびだ。

目黒川も東京のお花見スポットだが、都内有数の桜の名所の一つといえば「青山霊園」職場から近いので立ち寄ってみた。

青山霊園について

お昼休みに職場の近くなので休憩時間に青山霊園に行ってみた。

楽しくお酒を飲んだりしながらお花見を楽しんでいる方々がいた。急に彼らの一人に何かが乗り移って「拙者はぁ~」と目つきと、声色が変わらないかが心配だった。有名な青山霊園について調べてみた。

青山霊園の場所

青山霊園の場所は東京メトロの青山一丁目駅、外苑前からから徒歩5分の位置にある。広大な敷地を有していて歩きまわるだけでも良い運動になる。

実際に普段から犬の散歩やウォーキングなどしている人もる。「霊園」というと普通、暗いイメージがあるが、大きすぎてそんなイメージは感じなかった。さすがは都心の一等地青山に約26ヘクタール(東京ドーム5.5個分)という広大な敷地面積を誇り、約12万人が眠るマンモス都営霊園だ。

都内有数のマンモス都営霊園青山霊園の歴史

青山霊園2

青山霊園は1872年(明治5年)、美濃国郡上藩(現在の岐阜県郡山市)の藩主だった青山家の下屋敷跡。仏教以外の神道の神葬墓地として開設された。1874年(明治7年)9月1日に市民の為の公共墓地となり、1926年(大正15年)、斎場の建物全てが東京市に寄附され、日本で初めての公営墓地となった。ちなみにお墓を探している方は下記サイトによると価格は一般墓で440万円からとのこと口コミや評価も記載ありなので「終活」の際には参考にして欲しい。

都立「青山霊園」のお墓費用・口コミ・評価

青山霊園内の内中央にある約1.7キロの桜並木は桜の名所でもある。冒頭の私が見た花見客の光景のように花見の季節には大勢の見物客が訪れる。急に目つきが変わり「拙者はぁ〜」と目つきと声色が変わらないかを心配していたが、青山霊園の歴史は明治時代に入ってからなので、皇紀2681年(西暦2021年現在)の長い日本の歴史を考えると割と歴史は浅い。明治時代に武士はなくなったので、元武士の方は眠っているが、武士の身分で埋葬された人はいない。

青山霊園に眠る有名人

青山霊園には政治家、軍人、学者、芸能人数多くの有名人が眠っている。一例を挙げると下記のようになる

政治家

大久保利通 (維新の三傑)

薩摩国(鹿児島県)出身。明治維新の中心となった人物。富国強兵をスローガンに日本の近代国家の礎を築いた。明治11年(1878年)5月14日、現在の東京都千代田区紀尾井町にある紀尾井坂にて暗殺

犬養毅 (元首相)

1932年(昭和7年)五・一五事件で暗殺された。犬養の暗殺は「大正デモクラシー」と呼ばれる大正末期からの政党内閣政治に大きな影を落とし、それ以降軍部が政治の実権を握った日本は第二次世界大戦へと向かう。

軍人

乃木希典 (軍人)

日露戦争で大きな軍功を挙げた陸軍大将。明治天皇崩御時に殉職したことで有名。妻・静子と共に青山霊園に眠る。霊園すぐそばには乃木将軍を祀った乃木神社が建立され、乃木坂などの地名としてもその名が残っている。

学者

上野英三郎(学者)忠犬ハチ公

東京帝国大学教授農業土木を研究していた第一人者だった。上野教授の墓の傍らに忠犬ハチ公の碑も建てられている。ハチ公は渋谷駅で10年も主人の帰りを待っていたが、実は上野教授はハチ公を飼い始めて僅か1年程で亡くなっているとのこと。意外と一緒に過ごした時間は少ない。

北里柴三郎(医学博士)

破傷風菌等の研究を行った細菌学者で、当時画期的と言われた血清療法を発見した。第1回ノーベル賞の候補にもなるが受賞はならなかった。北里研究所、慶応大学医学部の創立者

芸能人

市川団十郎(歌舞伎俳優)

代々の市川団十郎のお墓がある。今立っている墓石は、現在の市川海老蔵が作ったものとのこと。

小林 麻央(タレント)

元タレントで、キャスターやアナウンサーを務めた。2010年に歌舞伎俳優の市川海老蔵と結婚し芸能界を引退。梨園の妻として夫を支えた。2016年に乳癌であることが判明、闘病生活も実らず翌年34歳の若さで死去。市川団十郎の墓の敷地内に立つ堀越家の墓に、第12代團十郎とともに眠っている

その他

西郷糸子・西郷寅太郎(西郷隆盛夫人・長男)

西郷隆盛を支えた妻糸子(イト)の墓は、後に貴族院議員となった長男の寅太郎と共に青山墓地に眠っている。ちなみに西郷隆盛の墓は鹿児島市の南洲墓地にあり、青山墓地にはない。

青山霊園にある「忠犬ハチ公の碑」

渋谷の待ち合わせ場所でもお馴染みの忠犬ハチ公。渋谷の駅前の銅像のみならず、周回バスである「ハチ公バス」もありすっかり渋谷のイメージとなっている。

渋谷ハチ公バス

そんな忠犬ハチ公の碑が飼い主であった上野英三郎教授のお墓の横に建てられているので青山霊園を訪れた際は探してみると良い。

上野英三郎教授は日本の農学者で農学博士で東京帝国大学の元教授であり日本の農業土木、農業工学の創始者。1899年(明治33年)に政府は「耕地整理法」を制定し、翌年明治34年から農地整理事業が着工されることになったのだが、当時は農業土木学の専門技術者がいなかったため、日本で唯一研究していた上野教授に白羽の矢が立って耕地整理の研究を進めながら、各地へ出かけて講演や技術指導を行った。耕地整理や灌漑排水など土地改良の分野に初めて農学者の立場から貢献した人物である。

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